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「何がそんなにおかしいの? 変なおじ様」
不意に真横から声がした。聞き覚えのある声。
はっとして、声のする方向を見るが、そこにあるべきものはない。彼女の姿はどこにも見当たらない。
あたりを見渡しても、声の主を見つけることはできなかった。しかし、あきらめることはできなかった。なぜかはわからないが、あきらめてはいけないという奇妙な衝動が私を突き動かした。私はあわただしく電車と人が行き来するホームをうろうろと歩き始めた。時々、彼女の視線、或いは気配といったものを感じた。
通勤客には私の姿が見えないのだろう。そして私にも彼らの姿はもはや見えないに等しかった。互いに同じ場所に居合わせながら、同じ時間軸にいながら、まったく違う世界に身をおいている。見知らぬ土地、外国に来たときのような感覚よりも、それはもっとはっきりとした違和感であり、同時にもと居た場所にもどってきたような、郷愁にも似た奇妙な感覚でもあった。
通勤で降りることはないが、仕事を含め、この駅は何度も降りたことがある。しかし、駅のホームのすべてを知っているわけではないということに初めて気が付いた。いや、初めてではない。私は駅のホームの奥の方――改修工事中の傷んだ壁を見たとき、ふと何かを思い出したような気がした。
私は知っている。
これだけ混雑した時間でも、その場所はどこかひっそりとしていた。いつぐらいから改修工事をしていたのだろうか?
そこに一本の円形の柱を見つけた。その柱の周りは金網のようなもので囲まれている。ところどころひびが入り、コンクリがめくれている。その大きな柱をぐるりと回ってみると、そこに一枚の古いポスターが貼ってあるのが見えた。
嗚呼!
私は思わず大きな声を上げた。
そこの彼女はいたのだ。
『この指とまれ!』
と右手の細く白い人差し指を小さな顔の前に立てているかわいらしい女の子。彼女の笑顔は見る者の心を和ませる何とも素敵な表情をしていた。
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