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「嗚呼、すっかりと忘れていた! 君だったのか!」
それは今から5年、いやそれ以上、前のことだった。
私が今務めている広告代理店で受注したあるイベントのキャンペーンのポスターの製作に私は関わったことがある。それがこのポスターである。
「そうか。確か当時彼女の人気が沸騰して、ポスターがあちこちで盗まれて……、それでこのポスターは簡単に盗まれないようにこの柱に……」
当時現場を任されていた私は、心血を注いでこの仕事に打ち込んでいた。それを盗まれてたまるかと、このポスターをこの柱に簡単にはがせないように張り付けたのだった。おそらくそのあと、この柱の補修をしなければならなくなり、このような状態のまま、年月が過ぎたのだろう。理由は解らないが、いまだに手がついていないらしい。
「お客さん? どうかされましたか?」
「あっ、いやぁ、ちょっとこのポスター懐かしと思って」
ヘルメットを被り、見るからに工事関係者の男が私に話しかけてきた。
「実はようやくここの柱の工事ができるようになったんですよ。いや~、長くかかりましたが、この柱で最後なんです」
「この柱で最後?」
「ええ。今日の午後から、工事が始まります。そしたら、このポスターも……」
「そうなんですか」
「しかし、よくもまぁ、べったりと貼ったものです。はがそうとしてもきれいにはがれなくて、どうも、びりびりと破るのも気が引けてねぇ。まぁ、今日までそのままになっていたわけです」
金網越しにみる彼女の表情は、あの日あの時のまま、かわいらしく、いじらしく、どこかいたずらっぽく、私に微笑みかけている。あれほど情熱をかけてやり遂げた仕事はほかに覚えがなかった。あの仕事が認められ、私は今務めている大手の代理店に引き抜かれたのだ。しかし、それからの私は……。
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