プロローグ

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  2020年7月7日 午後6時  笹の葉が揺れる出入り口を出た先、とても小さな田舎町の駅前は、喧騒に包まれていた。  出店から客をひく野太い声。  子供たちがはしゃぎまわる声。  あちこちから響いてくる騒音は、何重にも折り重なり、七夕を彩る夕と夜を彷徨う黒茜に染まる彼方に吸い込まれていく。  さながら、これから訪れる夏本番に、無意識ながら喧嘩でも売っているようだ。  駅前の時計台の針は午後6時を示し、その遥か先、迫り来る闇夜の天井に張り付いた一番星が隠微に瞬く。 (七夕なんて良い思い出ないんだがな・・・)  蠢く様にして明滅する星。  あれは、如何なる名を持つ恒星なのだろうか?  七夕なのだから、主役の彦星、もしくは織姫、と言いたいところだが、彼にそれを特定できる知識は無かった。  仮に、あれが彦星と織姫のどちらかだとして、相手が見当たらない。  少し視線を泳がせて、彼は足元にそれを落とした。  どういうわけか、切ない気分になってしまって。  馴染なじみの中華屋で、お世辞にも美味いとは言いがたい粗末なラーメンとチャーハンを平らげたばかりの彼は家路につくことにした。
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