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早くこの場から離れた方がいい。自分の中でけたたましく警告音が鳴っている。
「じゃ、じゃあ、ありがと! サト、海月ちゃん! 」
萌が取って付けた様に礼を言うと、徳井が満足そうに頷いた。
「……と云う事だから、海月、俺らは 」
長身に後ろから包むように抱き締められて、海月がビクンと小さな身体を震わせる。これはどうやったって逃げられない。
しかも、続いた言葉は海月と萌をゾッとさせた。
「……ホテルに戻ろうね?」
艶を帯びた、静かな低い声。
あんな話やこんな話をどうやってするかなんて、そのあまく色を隠さない濡れた様な声で容易に想像が付く。
けれど、海月がこの、ドSのキラキラ王子に何をされるんだか、想像は付くけれど知りたくはない。
「ごめん、海月ちゃん 」
「阿部、くん?」
「しょうがないよ。海月ちゃんが好きなんだろ? そんな、おっかないの」
肩を竦めながらそう言うと、助けを求める瞳と伸ばされた手を見ない振りをして背を向けて駅へと歩き出す。
「やだ、嘘っ、阿部くん、待って! 」
「ほら、みぃちゃん、もう観念しなさいって 」
背中で聞こえる会話に、萌は笑う。
きっと、昨日は自分達と会う約束もあったから、あの腹黒でキラキラな奴は、姫に手が出せなかったのだろう。それか、姫に駄目だとフラれたか。
ふと、後ろが静かになった気がして足を止めて振り向いたら、姫が腹黒キラキラに抱き上げられていた。萌が振り向く直前に、何かをされたか、言われたのか、何故か姫はその腕に大人しく収まっている。
ふはははは、ざまぁみろ、桐谷。相手はあんなんだけど、海月ちゃんは幸せなんだからな!
変な優越感に浸りながら、萌は駅へと走ろうとして、ズキンとした重い痛みに速度を落とす。
……くそっ、手荒く抱きやがって。尻が壊れたらどうしてくれるんだよ。
桐谷の形を覚えている内壁が疼いた。「馬鹿野郎 」と呟いたのは、桐谷になのか、自分になのか、萌には分からなかった。
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