5643人が本棚に入れています
本棚に追加
最寄り駅から自宅への帰り道。途中にあるコンビニに差し掛かった時、見慣れた車が駐車しているのを見付けて嫌な予感がした。
通り過ぎようとすると、運転席から見知った男が降りてくる。
「萌 」
名前を呼ばれて、チラリと一瞥すると、萌は速度を緩めずに行き過ぎようとする。
「萌……っ 」
掴まれた腕を振り解こうとすれば、もう一度名前を呼ばれた。
「夕べは、何処に行ってたんだ? 」
「俺の名前を、呼ぶな 」
萌はなるべく顔を見ないように、腕を取り返そうとする。二度、三度と引くが、相手は手はガッシリと萌の腕を掴んでいて離れない。
「離せよ 」
「身体は大丈夫なのか? 」
噛み合わない勝手な会話に、イラッとして奥歯を噛む。
「大丈夫な訳、ねぇじゃん。身体は痛いわ、突っ込まれたとこ痛いわで最悪。でも、体調聞くより先に、何か言うことあんじゃねぇの? 」
「……悪かった、酷くして 」
思ったよりあっさりと謝った桐谷に、萌は少し驚いた。けれど、これくらいで許す訳にはいかない。
「同じこと、海月ちゃんとサトにも言えよ。それから、俺の気持ち、弄んだこともちゃんと謝れ 」
「弄んだって、どういう意味だ? 」
知らない振りをする男に、カッと血が上ぼった。
「分からないんなら、話すことなんかない」
勢いを付けて、自分の腕を取り戻すと、萌は痛みを堪えて自宅に向かって走り出した。
「おい、待て! それで、夕べは一体何処に…… 」
20歳を過ぎた男に、何んの心配をしていると言うのだろう。桐谷の間抜けな台詞に、苛つきが増す。
「萌っ! 」
だから……っ、俺の名前を呼ぶなってば!
じんと目の奥が痛くなってくる。
追い掛けてくる桐谷の声が、悲しくて切ない。
可愛いと言ってくれた、好きだと囁いてくれたことまでもが、全部嘘だとは思いたくなかった。
いや、きっと嘘ではないだろう。きっと、想いの分量が少ないだけで。
自宅の扉を開けて飛び込むと、後ろ手で鍵を掛ける。流石に家族の住む家の中までは追っては来ないだろう。
最初のコメントを投稿しよう!