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「あらー、お帰り。早かったのねぇ 」
はぁはぁと玄関で息を整えていると、戻ってきた自分に気付いた母にのんびりとした口調で言われた。
家には昨夜、久し振りに会った友人達と盛り上がって、サトの滞在しているホテルに泊まると電話してある。泊まったことは、嘘じゃない。
「た、だいまっ 」
「サトくんとスギくんは、元気だった? 」
「うん、アイツら相変わらず…… 」
笑顔を作りながら笑うと、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
「あら、誰かしら? 」
まさかと思ったが、何度も鳴らされるインターフォンの音が家に響いて、萌は身体をビクリと震わせる。
……アノ野郎、どんな神経してるんだ?
「ちょっと、はーちゃん。そこを退いて頂戴 」
玄関に下りて来ようとする母に、「いいよ、俺が出る 」と言うと、「そう? 」と不思議な顔をされた。
「俺の知り合いだから 」
「それなら、早く出なさいよ 」
パタパタと奥へ戻る母を見届けると、深く深呼吸をしてから、先程閉めたばかりの鍵を開けてドアを開く。
果たして、その男は門扉の外に立っていて、またインターフォンを鳴らそうとしていた。
「桐谷さん、常識って言葉知ってる? 」
腕組みをしてそう言えば、男は、「囚われてたら、萌に会えないだろ? 」と悪びれなく笑った。
とんでもないことを言っているその表情さえ、魅力的で、萌は思わず視線を反らす。
「……家まで来られるのとか、迷惑なんですけど 」
「萌、話しがしたいんだ 」
「俺は桐谷さんと話すことなんか何もない 」
「昨夜のことは全面的に俺が悪いと分かってる。だから、その、言い訳をさせてくれないか? 」
「そんなこと、別に今更聞きたくないです 」
「俺は話したい 」
「そうすりゃ、自分が満足するからですか? 」
自分でも思ってみない程、この人に対して冷めた言葉が出る。
「萌、聞いて 」
「もう、ホント、迷惑なんですよ。これから会うつもりもないんで、待ち伏せとかこんなこと、二度とやめてくださいね 」
冷たく言ってやったのに、桐谷がその場から去る気配はない。
ゴミ出しに外へ出た隣りのおばさんが、訝しげにこちらを見ながら家の前を通っていくのが見えた。萌は、乱れた頭をバリバリと掻く。
くそっ、自宅前で別れ話とか、勘弁してくれよ。
「だからさぁ、もういい加減に…… 」
「萌…… 」
突然、優しく名前を呼ばれてドキッとする。ぶわぁと色々な想いに引き戻されて、あの腕の中に戻りたくなってしまう。
「だから……っ、俺の名前を呼ぶなって…… 」
「結婚しよう? 」
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