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萌が無意識に両手で口を押さえるのを見て、桐谷がこっそりとほくそ笑む。
そして、今度はゆったりと、萌の大好きな笑顔で笑った。それはもう、綺麗に、完璧に。
「愛してるよ、萌ちゃん 」
「……っ!!! 」
放たれた一撃に、萌は腰を抜かしそうになった。
口がパクパクと、酸素を求める魚みたいに動いてしまう。
「お、俺は…… 」
「ん? 」
「俺はっ、桐谷さんなんて大ッ嫌いだっ 」
萌はやっとのことでそう言うと、家の中に逃げ込む。背後でバタン!と玄関が閉まったけれど、その音はうるさく騒ぐ自分の心臓の音で聞こえない。
萌はさっき走った時よりも乱れた呼吸に、苦しくて座り込んだ……。
「首まで、真っ赤じゃんよ」
残された桐谷は拳で口を押さえながら、クックッと笑った。
ゴミ捨てから戻ってきた隣の家の住人らしい妙齢の女性に、「こんにちは 」と人好きのする営業スマイルで声を掛けると、一瞬で怪訝な表情が解けて、「あら、こんにちは 」と少女に戻った様な笑顔で返される。
「阿部さんの息子さんのお知り合い? 」
「ええ、まあ 」
それだけ言うと、もっと話したそうな女性に軽く頭を下げてその場から立ち去る。
「また来るね、萌ちゃん 」
途中、振り向いた桐谷は、まだ扉の直ぐ向こうにいるであろう萌に向かって、内緒話をする様に、誰にも聞こえない声で呟いた。
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