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「ずっと伝えたかった事がある。どうにもこそばゆくてな、今まで言えんかった。床に伏せろくに口を利けなくなった時は後悔した。だが、儂は思った。動物、とくに犬や甚平のような猫は霊と交流出来ると聞いたことがあった。ならば、祖霊となってから会話を出来るのではないか、とな」
そしてその目論見は、まんまと上手くいった。
甚平が単なる呪いだと卑下した人の信仰が奇跡を起こしたのだ。
「儂はな、悲しかった。都会に夢を持って飛び出した娘の眼が濁って帰って来た時に。時代の流れ、古き慣習に倣う宿命かとも思った。そんな儂が先日まで生きながらえたのは甚平が居ったからだ。獣故か、澄んだお前を見ていると殊更癒された」
――違う。
甚平は顔を顰めずにはいられなかった。
事実、初めの内はじいさんが疎ましくて仕方がなかったのをよく覚えている。いつしかそれが変わったのは、村の生活が退屈極まりなかったからだ。
世話人であるじいさんは、甚平に色々な話をしてくれた。村の話然り、じいさん自身の話然り、娘の話然り。いつも隣に居て自然とそこが心地よくなった、それだけだ。
じいさんが思うように、澄んだ心なんぞ持ち合わせてはいない。
「ありがとう。本当に感謝している」
そう言い、じいさんは深く頭を下げた。
甚平はなんと言っていいのかわからなかった。
死して祖霊となってまで礼を伝えに来たじいさんに、今の心の内を語っていいのかがわからなかった。
だが、無情にも時間には限りがある。この時行列の殿を務める娘夫婦が、二人の視界の範囲まで及んでいた。
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