第一回チキチキ~

5/18
前へ
/60ページ
次へ
 この人間は温かい。吸血鬼と知っても自分を怖れないで正面から向き合おうとしてくれる。  最初、ボロ雑巾のように公園のベンチで横たわる真央を見た時、今の彼なら簡単に血を取れると踏んで近付いた自分が嫌になってくる――結局はその首に牙を立てる直前で怖じ気づいてしまったのだけど。  まだ出会って二日も経っていない。それなのに、ずっと彼の傍にいたいと思ってしまった。自分が本来いるべき場所はこんなぬくぬくしたところではないと分かっていても。  ――頭の中でプラチナの髪色を持つ男が厭らしく嗤った。 ――  次の日真央はスーパーでとあるものを購入した。恐らくそのような目的でこれを買う人は世界中どこを探しても自分しかいないだろう。  食卓の上に並べられた隅々まで赤く染まった血の塊――ではなくただのリンゴ。  おさなめはこれまた不思議そうに初めて見るような顔付きで首を捻る。カレーの時も同じ表情だったよなと思い返しては目尻を下げて小さく笑った。  まぁ今回食べることを目的とはしていないのだが。 「これはね、リンゴっていうフルーツなんだよ」 「フルーツ?」  吸血鬼の世界で言う嗜好品なのだが、これを話してもおさなめには難しくて理解出来ないだろう。なので真央は微笑を散らして誤魔化した。 「これにおもっきし歯を立ててごらん」  こんな風にね、とまずは手本を見せようとリンゴを口に近付けてかじる。シャキ、と音がした。  真央がしていることはとにかく真似したい精神のおさなめも倣ってカプリと歯を突き立てる。舌の感覚が人類とは幾分かずれてるおさなめがそれを“甘酸っぱい”と感じることはやはりなかった。  何故このようなことを? その疑問を彼の次の言葉が解決してくれた。 「次は、これを俺だと思って噛むんだ」  所謂イメージトレーニングという奴だ。  要は耐性をつけさせればいい。  その点でリンゴは打ってつけの道具だと思った。  ほどよい硬さを人の皮膚と見立て、人間とは真逆で中身が白いそれだけどそこは気にしたら負けだ。  
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加