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おさなめは途端に表情筋を引き締め――最初から引き締まっているがより一層――先程己がひとかじりしたそれを両手で抱えジッと見つめてる。
そんなに気構えなくても、と真央は気持ち軽めに思うわけだけど「まお……」と哀愁漂う声で紡ぐおさなめに何も言えなくなった。いやいやそれ俺じゃない――心の中で突っ込みはしっかり忘れなかったけども。
ここまで真剣に聞き入れてくれるとはイメージトレーニングのかいがあるけど少し予想の斜め上をいった。
さっきはリンゴを食べる動作だからすんなり歯を突き刺すことが出来たけれど今は“真央を食す”動作なのでおさなめは緊張してる。顔は変わらず能面だが。
そんな少女を頬杖ついて眺める真央は、こうして微動だにしないところを見ると本物の人形みたいだとつくづくそう思う。
白すぎる肌に、外国の血を引いたような堀の深さ。このテーブルを挟んだ距離からでもハッキリ分かる二重のライン。
そう言えば子供の頃に読んだその手の絵本に、吸血鬼は食料採取の目的で見目を麗しくしているとあった。おさなめのような美男美女がうじゃうじゃいるなんて真央からしてみれば俄には信じがたいことだ。
「……、……っ!」
歯を立ててはそれを引っ込め、リンゴ一つ食べるのにどんなに気を遣っているのか。いや、おさなめビジョンではリンゴが真央に変換されているんだっけと危うく自分から言い出した設定を忘れるところだった。
こんなに純粋で果たしておさなめはこの先やっていけるのか心配になった。
――
三日経過した。特訓のほどはどうなっているかと言うと、なんとか真央と思い込んだリンゴをかじることには抵抗しなくなったがそれでもいざ真央の首に噛み付こうとなると躊躇を見せる。
それでも前よりは大分吸血鬼らしい顔付きになった。後おさなめに足りないのは一歩を踏み込もうとする思い切りだけだ。
家に籠りっぱなしでは体に毒なので、気分を照らすためにおさなめを連れて外に出る。
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