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そうかもしれない、と真央も自分で薄々アホらしいと思ってきている。こんなことに意地になって馬鹿らしい。
青葉高校に通い続けることが唯一の存在意義だなんて、自分らしくない。
千影達は遠慮を知らない。普通なら教師や親にバレるのを怖れて布で覆われてる箇所を攻撃するものだが、彼等はそこを敢えて見える部分ばかりを執拗にいたぶってくる。
自分達のものであるという所有印だと千影が言うから「寧ろこいつ俺のこと大好きだよな」と真央は呆れて言葉を失うしかなかった。
本人は自覚ないようだが男の自分にそんなキスマークみたいなものをつけてなにが楽しいのか理解に苦しんだ。
沈んだ意識がゆるゆる浮上していくのは、真央の傍らで人の気配を感じたから。質の悪い人物だったらどうしよう、その思いだけが駆けて巡る。
体が重たく動けそうになかった。死にたいとか殺されたい願望はさっきの話で、何も「今」ではない。
「……っつ……」
ヒンヤリとこの季節に相応しくない温度が真央の首筋にかけて伝わった。形状から恐らくは人の手――なんだけど人に触れられている気が一切しなかった。
霊感なんてものは生まれてこの方持ち合わせてはいないが、それでもゾクリと背筋が寒くなった。
ぴちゃり。卑猥な音を立てて鎖骨あたりを舐められた。舌独特のざらついた感触がいやに現実味を帯びている。
まだ不良の方が良かった。男の自分が痴漢されるなんて屈辱以外のものではない。ただでさえこの高校に入ったことは真央にとって黒歴史になることであり、汚点に違いないのに更にその上から汚点を重れられるのはたまったものではない。
「やめっ……ろよ……!」
最後の力を振り絞る。そんな表現が今の真央にはよく当てはまった。
青く腫れ上がった鉛のように重たい瞼を持ち上げ、的も見ずにとにかく自身に密着してる体を引き剥がすことだけしか考えられなかった。
――だから。
「……え……?」
暗がりでもうっすら捉えることが出来るシルエットに真央は唖然と声を洩らした。そんな馬鹿な、と言いたげだ。
丸い純粋無垢な瞳がキョトンと不思議そうに真央を見つめる。宝石のようにキラキラした灰色だった。
齢五程の少女は「おにーちゃん」と拙い調子で真央に話し掛ける。緊張が真央を支配しゴクリと息を詰めた。
「お腹、空いた」
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