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2LDKの一人暮らしにしては十分な広さの部屋に真央は住んでいた。新築に近いそれによほど両親は真央に帰って欲しくないという裏の思いが窺えた。
もう過ぎたことをいつまでもくよくよ悩んでたって仕方がないことだし、今はそれよりもこの手を力なく握る少女だ。自分も親に捨てられた身だけどせめて今だけでも温もりを与えたい。安心させたいと思った。
真央は現在台所に立ち、冷蔵庫から人参じゃがいも玉葱その他諸々を取り出して料理に奮闘していた。普段から自炊をしているので材料に困ることはなかった。
食卓で待っててねと開始数分はジッと大人しく従う少女は今は真央の隣にいて、不思議なものを見るような眼差しで真央の手元を見る。
そうかなるほど育児を放棄していたんだから人が料理してる場面を見たことがなくても当然か、とすっかり己の中でネグレクトを前提として物を考えるようになった。
泣かせる話だ。うんと美味しいカレーをご馳走してあげるからねと玉葱を包丁で切りながら強く思う。もはやこの目の潤みは玉葱によるものなのか少女の生い立ちに対してか分からなくなってきた。
「そう言えば君なんて名前?」
「おさなめ」
どういう漢字だ。まず思ったことがそれだった。いや平仮名でそう書くのかもしれない。とかく、変わった名前であることは確か。今流行りのDQNネームとはまた少し違うような気がした。
おさなめは相変わらず無表情だ。何を考えているのか読めない。これもまたネグレクトの影響だろうか。もう全てをそのせいにしてしまいたい。
まぁ所詮は子供の思考だ。そこまで複雑には出来ていないだろうが――
「おにーちゃん、は?」
「ん? 俺は佐倉真央だよ」
「まおう?」
「魔王じゃなくて真央ね。ま、お」
「まお……」
おさなめは大事そうに真央の名前を復唱する。なんだか年の離れた妹ができたみたいで無償にもこの小さな生き物を可愛がりたくなった。
「よし、後はルーを入れるだけ。もう少しだから待っててな?」
「……甘い?」
「おぅ。おさなめ用にとびきり甘口するよ」
真央は中辛推奨派で、家にあるのもそれなのだがそれではおさなめの口に合わない。だから色々と中辛が甘口になるよう工夫を施すつもりだ。
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