わかっていた別れ

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「聞いていただろう、佐吉。僕は大丈夫だから、面倒だけど2人を呼んできてくれるかい?」 「はいはーい。そんならゆっくり行ってくるっすよー」  急に真上で声がしたかと思えば、何かが天井から落ちて……否。天井からスタッと降り立つと、俺に満面の笑みを見せてすぐに外へと姿を消した。  その何かが、夏葉さんの側近の佐吉さんだと気付いたのは、彼が姿を消して5秒ほど経ってからだった。  嘘吐きで有名な佐吉さんは、俺より1つ年上の、とても面白い人。  夏葉さんのことが大好きで、いつもそばにくっついている忠犬。しゃべることのほとんどが嘘だと言っても過言ではないくらい、嘘を吐いて人をからかうことが大好き。  少し気の抜けた口調で、いつもニコニコと笑みを絶やさないお気楽忍者。孤月さんとちょっと似てるかな?  とは言っても、本当は俺が会ったのは今さっきが初めてなんだけどね。こっちにたまに来る夏葉さんとは会っても、近くにいるはずの彼はいつも姿を隠しているので見たことはなかった。  忍なら当たり前だけれど上手く気配を消していて、どこにいるのか全然気づけなかった。 「実秋様のご遺体は私が預かります。夏葉さんと光秋様は――」 「僕は、少し気持ちを整理したい。悪いけれど客間を借りるよ?」 「どうぞ。俺は、人を呼んでこの部屋の掃除を頼みます。もちろん、俺も手伝います」 「部屋の掃除などっ!……いえ。では、そちらは光秋様に任せます。くれぐれもご無理はなさらないように」 「あはは、くどいですよ和之さん。父上をお願いします」  まるで壊れ物を扱うように、そうっと優しく父上を抱き上げた和之さんが部屋を出て行った。
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