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「いつ帰ってくるん? もうすぐ夏休みでしょ。大五郎が会いたがってるよ」
大五郎は実家で飼っているミニチュアダックスで、僕も会いたい。
「来週、大学が終わるから、それからいろいろやって……お盆に帰るよ」
トーストを頬張りながら、カレンダーに目をやる。あと2週間ほどで夏休みだ。
ほいじゃねー、と言って元気よく母さんは電話を切った。最近フラダンスを始めたというが、帰ったらきっと相手をさせられるのだろう。
前に漫才教室に通っていたときは、延々とくだらないボケにツッコミを入れさせられたものだった。あれは苦痛だった。
しかし、母さんの元気な声を聞くと安心する。
一昨年、親父がガンでなくなって、母さんはしばらく元気がなかった。
『トシローが成人したら、私は離婚する!』と息巻くほど、しょっちゅう夫婦喧嘩をしていたが、親父が居なくなってから、母さんは毎晩泣いていたみたいだ。
受験勉強を控える僕に余計な気遣いをさせないよう、主に深夜に泣いていたが、ゴミ箱に大量のティッシュのゴミが入っていて、泣いていることは容易に想像できた。
今でこそ実家の群馬を離れ、埼玉の大学に通うため一人暮らしをしているが、当時は一人暮らしをすることにとても悩んだものだった。
母さんを一人にすること。そして持病を抱える僕が果たして一人で暮らせるかということ。
僕自身は実家を出て、一人で暮らしてみたいという気持ちが強かった。病気だからと、いつまでも母さんを頼りにしている自分が嫌だったし、自分を試してみたい、という気持ちがあった。
それはわがままかもしれない。今でもわからない。
ただ、去年あたりから母さんは友達と一緒に、いろいろな習い事を始めた。母さんなりに、このままではいけないと思ったのだろう。
それから少しづつ、昔の元気だった母さんに戻ってきてくれたことはとても嬉しかった。親父を亡くした悲しみを抱えて、それでも強く生きようとしているように思えた。
僕が群馬を離れるときに、母さんが言ったことをたまに思い出す。
「母ちゃんは大丈夫よ。トシローはトシローの人生を楽しんで! 母ちゃんは母ちゃんの人生を楽しむから」
良いことも悪いことも楽しんでいくという姿勢はいつも尊敬している。
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