ハロー イン アイスボックス

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8時過ぎ、大学の自転車置き場にママチャリを置いて、第2講堂に向かって歩いていると、大きな眼鏡をかけた富竹仙太が手を振りながらやってきた。 Tシャツにショートパンツといったラフな出で立ち。もちろん僕も学校指定のポロシャツを着てきたのだから、人のことは言えないけれど。 「よう! ちゃんと生きてるか」 「今は生きてるよー」 この会話が二人の挨拶になっている。 仙太は歩きながら、自分のデイバックを前にかけて、中をゴソゴソと探っていた。 こいつとは小学校からの付き合いで、家も近所ということもあり、昔からよく遊んでいた。 高校で一旦別れたが、再び大学で一緒になった、いわば腐れ縁というやつだった。 付き合いが長い分、お互いのことをよくわかっていると思う。もちろん秘密ごとも含めて。 仙太は僕の病気を理解してくれているし、僕は仙太の初めての彼女とのトラウマを知っている。 大学で唯一、気兼ねなく話せる貴重な関係と言えるのかもしれない。 「ほれ、トシロー。こないだ言ってたやつ、持ってきたぞ」仙太は小説を取り出すと、僕に手渡した。 それは舞城王太郎の『阿修羅ガール』だった。 以前、仙太の家で見かけたので、読みたいと思っていたのだ。 そのことを一度も仙太に話したことはない。 僕が読みたがっている、と仙太の第六感が気づいていたのだろう。 普段バカなことばかりしている奴だけど、この人間離れした『気が利く』という点はいつも驚かされる。 たまに読心術でもかじっているのではないか、とさえ考えてしまう。 「ありがとう、これ読みたかったんだよ」 僕はその場で本のページをめくった。一枚一枚、パラパラではなく、かと言って遅すぎることないスピードで。 最後までめくり終えると、阿修羅ガールを仙太に返した。 「相変わらずトシローは読むの早いなぁ。三分かかってないぞ」 仙太は驚いているが、これはいつもの光景だ。そして僕は本を読んでいるのではない。本の文字を頭に入れたのだ。
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