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「この穴に通すんだよ。違う違う。そうじゃなくて、ここ」
「あ? もうちょっとわかりやすく説明してくれ」
「だから、ここだって……」
「ここじゃないのか? 俺は言われたとおりにやってるぞ」
「ここにもう一本通すんだよ。そしたらもっと締まるから」
「全くわからん……」
俺はロープを男の左足に巻いていた。輪っかを作ってそこに通して、それから捻ったりしてまた輪っか作ってそこ通して……
今まで見たこと無いような複雑な巻き方を施している。
武人(たけと)が隣で俺にレクチャーしてくれているが、難しい迷路のようで、全く理解できない。
「違う違う。全然違うよ。もっとグワーンと持ってきて、この輪っかをグドゥルグドゥルって捻って、チョワワーンってやるんだよ。ちょっと貸してみ」見かねた武人は俺からロープを奪った。
横でやるから黙って見とけと言わんばかりだ。
器用にロープを操る武人の目は真剣そのものであり、楽しんでいるようにも思えた。芸術家が己の作品に心血を注いでいる、といったら言い過ぎだろうか。とにかく武人は縛ることに熱中していた。
ブロンドの髪をなびかせて、ワイシャツ姿で仕事に取り組む武人。エメラルドブルーの瞳がより一層輝きを増している。クォーターである彼の目は、時おり吸い込まれそうなほど奇妙に映る。
股関節の辺りでキリキリと音をたてて巻かれたロープは、厄介な蛇のように男の左足に絡み付いて、痛そうだ。
男は苦しそうに顔を歪めている。
しかし、黙って武人のやっていることを見つめていた。
「それにしても武人、お前にそんな才能があったなんてな。どこで習った。SMサロンか?」
「ガキの頃ボーイスカウトをやっててな。そこで教えてもらったのさ。よし、できたぞ。ぎゅうぎゅうに絞めてやったから血も止まるぜ」
むき出しの足を床に投げ出して男は座っている。俺は男の目の前に椅子を置いて、そこに座った。
「質問だ。ボスのクツをなぜ盗んだ?」
俺の問いかけに男は無反応だった。なので顔面を蹴る。先日卸したてのイタリア製の革靴が勢いよく、男の顔にぶつかった。
つま先で蹴られた男は床に這いつくばって悶絶する。ドロリとした血を鼻から滲ませ、全身で全力で呼吸の連続。
男の荒い吐息がむさ苦しい室内にどんより響く。
ときに言葉よりも暴力のほうが効果的な場合がある。今がそうだ。
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