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「しっかし、なんで履きもしないクツを盗んだのかね。しかも片方だけだぜ。とうの本人は虫の息だったから聞けなかったけど気になるなぁ」
「さぁな。とにかくクツが大好きなんだろ。どうしようもないくらいに」
へぇ、と呟いて武人は眠ってしまった。
信号待ちの間、武人の方を見ると安らかな寝顔でスヤスヤと寝息をたてていた。
甘いマスクの裏に凶暴性を隠し持つ男、武人。
さっきまで拷問を執行していたくせに今は夢のなか。
武人のその純粋な凶暴性はときに恐ろしく感じる時がある。敵に回したくないタイプの人間。前にボスが独り言のように呟いていたことを思い出す。
「この世界は持ちつ持たれつだ。人間関係だけじゃない。暴力が付きまとう世界だからこそ、暴力とも持ちつ持たれつなのさ。それがわかってないやつは暴力に潰されちまうよ」
言葉の真意は分からないが、ボスは武人の凶暴性を評価してる反面、心配しているように感じた。
いつかこいつは災厄を持ってくる気がする。組の連中は口に出しては言わないが、多分みんな思っていることだろう。そのときが訪れたとして、俺まで面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
俺は武人のように暴力を愛せないし、厄介ごとが大嫌いなのだ。裏仕事をやっている奴らの中では平和主義の方だ。
どちらかというと植物や動物を育ててる方が性に合ってるのかもしれない、とさえ思う時がある。
果たして、そんな俺が武人の起こしたトラブルに巻き込まれたらどうするだろうか。
少し考えてから、首を小さく振った。
無駄だ。考えるだけ無駄だ。想像してみたところで現実は予想通りにはいかない。結局、そのときになってみなければわからないだろう。
俺は街路樹が生い茂る街並みを流し見ながらやや乱暴にハンドルを切る。後ろで左足が動いた音がしたが、気にせずアクセルを吹かした。
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