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「まったく、あなたって人は……!」
歯ぎしりするようにして口をゆがめ、テレーは右足の先でざく、と足下の泥を蹴りつけ歩を止めた。
「申し訳ございません。我々もお止めしたのですが、聞き入れて下さらなくて……」
従者の男の一人がテレーにやっと追いつき、すかさず詫びを入れた。何日も続く厳しい道のりのせいで、普段から鍛えている軍人であるはずの従者の口からも、はあ、はあ、と切れぎれの息がもれる。一方のテレーはというと、従者の男たちとは対照的で全く疲れというものを感じさせない。最強の竜騎士という名に恥じないテレーの凄まじい体力が、この山道でも証明されていた。
「わかってますよ。どうせ、『俺はそういう柄じゃない』とか何とか言って、私がまだ寝ているうちに姿を消したのでしょう」
「ええ、まあ……その通りでございます」
「実に身勝手です。帝都に着いたら軍本部に言って、あの人が任務放棄したと報告してやります。ああ、本当に腹が立つ!」
遠慮なく怒りをぶちまけるテレーに、従者たちは困惑した様子で顔を見合わせた。
テレーには、長きにわたった北国との紛争の間にずっと苦楽を共にした相棒がいた。相棒は、腕の立つ壮年の竜騎士である。国内随一と称される、竜騎士テレー。テレーが持つ輝かしい戦績の数々も、相棒の陰からの活躍に大きく助けられた結果であった。
その相棒が、いよいよ帝都に到着するという日の朝になって、こつ然と一行の中から姿を消してしまったのだ。突然のことにテレーは驚き、急いで従者たちに周辺を探させたりもしたが、見つからなかった。軍本部には昼過ぎには帝都に到着する予定を伝えていたので、やむなく相棒を探すのを諦め、一行は急ぎ帝都へ向かったのだった。
再び朝の出来事が頭によみがえり、テレーは眉間に深くしわを寄せた。しばしそのまま無言で地を見つめた後、思考を振り払うように頭を左右にぶるりと振った。
「もう知りません。あの無責任な人のことを考えるだけで馬鹿馬鹿しいです。先を急ぎますよ!」
えっ、これ以上急ぐのですか? という悲痛な叫びを従者たちは皆ぐっと飲み込み、疲れた体に鞭を打ち、先ほどよりもさらに勢いを増して道を進み始めたテレーの後を追った。
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