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そのとき、地面ばかりを映していたテレーの視界を、ひとひらの花びらがはらりと通り過ぎた。
大ぶりで、艶やかな赤い花びら。それがひとひら、またひとひらと、空から舞い落ちてくる。
「この、花は……」
思わずそうつぶやいて、テレーはさっと空に顔を上げた。
真っ青に晴れ渡った空と、太陽の光を反射して白く輝く市街地の建物。その中を、鮮やかな赤い花びらが、小雨のように静かに降り注いでいた。
テレーは花雨の、更に向こう側の空に目を凝らした。この花の意味を知るのは、この花がずっとテレーの心の支えだったことを知っているのは、ただ一人しかいなかったから。
「まったく、あなたって人は……」
夕焼けのような赤い鱗の軍竜、その背から赤い花をまきながら上空をゆったりと飛んでいく男の姿を目線の先にとらえ、テレーは大きく息をついた。
共に戦い、支え合った相棒。自分の過去は決して語らないが、その体験の中からいつも言葉を選んでテレーを導いてくれた恩人。一人でいるときにときおり垣間見た、どこかもの哀しげな後ろ姿。
相棒とのひとつひとつの思い出が、ゆっくりとテレーの頭の中を流れだした。
テレーを乗せた馬車の周りに、続々と護衛の兵士たちが集まってくる。いよいよパレード開始と見た人々が、道の脇や建物の窓辺から一斉に歓声を上げた。
「この歓声も、太鼓の音も、この花も……すべてはあなたのものですよ、フェリクス大佐」
空を見つめていたテレーの口元から、ふっと柔らかな笑みがこぼれる。
「さあ、では参りましょうか」
テレーの威厳に満ちた声に、御者はうなずいて馬に鞭を入れる。
英雄を乗せた馬車が、ゆっくりと市街地の道を動き始めた。
-完-
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