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随分昔の話になる。
どこに住んでいるのかはわからないが、ハツさんと呼ばれるおじさんがいた。
ハツさんは雨の日も風の日も、背を丸めて一日中道を歩いていた。
私たちは、たまにコップ酒を呑んでいるハツさんから追いかけられたが、ハツさんのことはきらいではなかった。
自動販売機の釣り銭口や、地面や、競艇場がハツさんの仕事場だった。
人の忘れ物をかき集めてハツさんは生きていた。
私たちが大きくなる頃には、ハツさんはどこにもいなかった。
誰もが忘れ物や落とし物をする余裕すらなくしてしまったらしい。
それを思うと、私たちは何か肝心なものを置き去りにしてきたのかもしれない。
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