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「所内に戻っていてもいいんだぞ、ドゥーエ」
そう続けた口調は、本心を知らせず素っ気なかった。
だが、それもそのはずだ。
彼にはそもそも、「本心」というものがない。
何故なら、青年はKTシリーズと呼ばれるモデリングタイプのアンドロイドだからだ。
疑似感情システムやAIの搭載で、会話はスムーズに行える。
表情さえ、学習によって増えていく。
だが、機械には、心などあろうはずがない。
だからドゥーエ、と呼ばれた中年の男は、軽く肩を竦めて笑った。
「馬鹿言え。俺ぁこの為に雇われてるんだ。仕事をしなけりゃおまんまの食い上げだろ?」
「仕事はこれだけじゃないだろう。所内の警備が本分のはずだが」
「そりゃ建前ってモンさ。警備がメインなら、こんな身体のヤツを大枚はたいて雇うモンかい」
言いながら伸ばした男の腕、衣服の袖から覗く手首とそこから続く手は、メタリックな銀色に輝いていた。
それはとても、人間の持つ色彩ではない。
「生体を機械化した俺みてえなマシノイドはな、維持費も給料もかかるんだ。そんな平和な仕事なんざ、回ってきやしねえのさ」
「そんなものか?」
「そんなモンだ。お前もそろそろ、本音と建て前ってもんを覚えな」
のんびりと、そんな会話を交わしている間にも、それら、はぐるぐると喉を鳴らしながらじりじりと施設に近付いて来ている。
少しずつ、少しずつ、それでも確実に間を詰めるように。
やがて、ゆっくりと夕陽が地平線の彼方へ沈んでいった。
その残滓が雲の下方を茜色に染める。
青味を深め、紺色を帯びてきた空の片端だけに、幻想的な朱の世界がしがみついている。
グォオ……オオオ……
咆吼が、まるで鬨の声のように高らかに湧き上がった。
それまで平穏だった風景を足元から揺るがすように、砂塵が舞い上がる。
猛獣が獲物を目がけて殺到するかのごとく、それら、は施設を目指して突進し始めた。
「さて、行きますかね」
「―――先に行く」
面倒そうにやれやれ、とドゥーエが立ち上がった頃、既にケイティはひらり、その身体を宙へ舞い踊らせていた。
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