第一章 いつもと違う朝

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―――地獄絵図 振り返って目にした村の風景は、まさにこの言葉が相応しかった。 紅蓮の炎に焼き尽くされ、炎の海と化した村。 焼け落ちた家の下敷きになる者、逃げ遅れて撃ち殺される者。 自らを刃物で切り裂き死を受け入れる者もいた。 ほんの少し前までは平和だった村は、一瞬にして焼け野原と化した。 そんな光景を見ながら、僕を抱えながら走り続ける父さんに問いかける。 父さんの身体を観察すると、半分程紅色で染まっていた。 鼻血なんかより俄然鮮明な血液だ。 「ひっ……」 父さんの腹には、穴が空いていた。 「母さんは!?兄さんは!?」 そんな言葉を泣きながら問うが、返事は返って来ない。 父さんは、ただただ必死に走り続ける。 そんな父さんに身を任せる事しか出来ないのが悔しい。 あるいは、僕に力があれば状況を変えられたかも知れない。 ―――しばらく森を掻き分け奥まで進んでいくと、父さんはどこか暗を帯びた洞窟に入る。 覚束ない足取りで洞窟を進むと、少し広い場所に到着した。 父さんは、丸みを帯びた適当な石に座り込むと、何かを決意した様に僕を見据えた。 「ど、どうしたの…?」 返事は無かった。 言葉の代わりに渡されたのは、剣だった。 「強くあれよ…タケト…」 掠れそうな声音でそう言った途端、父さんの体が崩れ落ちる。 ロウソクの火が消えた。 そんな例えが頭を過る。 「父さん!?」 父さんの胸に耳を当てるが、ピクリとも動かない。 洞窟の中は意外と温かかったのに、冷や汗が滝の様に流れ出す。 「いたぞ!」 追手の足音が聞こえる。 何度も父さんを揺するけど、そんな僕を嘲笑うかの様に、ピクリとも反応は無い。 あいつらに見つかったら殺される。 「父さん!起きてよ!奴ら来てる!」 声を荒げず、物陰に身を隠せば何とかやり過ごせたかも知れないのに。 どれだけ願っても、心臓を叩いても、一向に父さんは目を覚ます気配が無い。 「死」という文字が頭を過る。 それでも無我夢中に叫び続けた。 父さんの名を、喉が壊れる程に叫び続けた。 「っ!?」 銃声。 振り返ると、銃弾は目の前まで迫っていた。
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