一章 不可逆の覚醒

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 元々、彼は要領のいい人間だった。  彼がまだ小学生くらいのときから、その才能とも言える特徴は芽を出していた。  たとえば勉強。小学校のテストに出てくる問題なんてたかが知れている。だから彼は出てくるだろう問題だけを覚えて、宿題だって騙し騙し行った。時折意図的にさぼった。「今回だけ特別よ」と言って許してもらえる、その境界線を見極めることが出来たからだ。ゆえに彼の成績簿はつねに「よくできた」、中学で言えばオール5だった。  たとえば運動。これも勉強と同じことだ。ここを抑えれば大丈夫というコツを彼は即座に習得した。必要最低限の練習でそのスポーツをものにする。彼にはそれが出来たのだった。  したがって、彼にはまったくもって理解出来なかった。公園で素振りをする一昔前の熱血少年漫画の主人公が。炎天下グラウンドを駆けずり回る同級生たちが。  何故そんなことをする?  そんなことをして何になる?  彼には理解が出来なかった。  思わず、そう聞いたことがある。それは中学校の恒例行事だった合唱コンクールとやらの練習のときの話だ。  クラス全員での参加が義務だったために音楽の授業のなかで練習をさせられていた。しかし彼には無益な時間だった。合唱なんて自分のパートを適当な音量で適当な和音になるよう歌えばいいだけの話だからだ。それが彼には数回で出来た。だから無駄に感じていた。  だというのに、クラスを仕切っていた女子が「朝早く来て練習しよう」などと言い出したのだ。彼は、完璧に歌えると言うのに彼の貴重な時間を練習とやらに捧げる、その意図がわからなかった。だから聞いたのだ。
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