一章 不可逆の覚醒

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 先天的とも言える要領の良さで彼は何でもそつなくこなすことができる。しかし決して極めない。より高みは目指さない。  彼からしてみれば、現状問題なくできているのだから何故それ以上を目指さなければならないのかという話で、ゆえに突出して頭がいいわけでも運動ができるわけでもなかった。  言うなれば、必要最低限の労力でそれなりの結果を出す。朝川漣はその能力に長けた人間だった。  だから努力を理解しない。むしろ嫌悪する。 「君、今日サッカー部の練習があるんだ。出るよね?」 「何故俺が出なきゃならないんだ。練習なんていう非効率な労働は単細胞の馬鹿だけがやっていればいい」  高校ではじめて部活動に勧誘されたときも、その過激な言葉を吐いたばっかりに誘われなくなった。クラスでも孤高の一匹狼を気取る気はないが、そんな状態になっている。  加えて、朝川漣がこのクラスで、この学年で、さらに言えばこの学校で浮いている理由はもうひとつある。 「れーん。おい、れーん」  軽い呼びかけのはずなのにドスのきいた超低音。その声色からたやすく想像できる巨漢が教室の入り口から漣の名を呼ぶ。その男の声を聴いた瞬間、教室がざわめいた。  漣はあわてふためく生徒をよそに淡々とした足取りで男のもとへと向かう。誰も漣とは目を合わせない。きっと漣の視界に入らないところでは様子を伺っているのだろうが、そんな臆病な視線は視線のうちに入らない。 「よお」  男――葉桜猛(はざくらたける)は片手を挙げて軽く挨拶をした。
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