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「なぁトーマス、ヒヒッ、落ち着けよ」
森の中にある大豪邸。赤を基調とし造られたその巨大な建物の一室で、サングラスをかけた黒人が奇怪な声で言葉を送る。
ボサボサの黒髪は短く、照明に当てられて艶が出ているが、どこか不潔にも思える。
「……殺す気だっただろ?」
「うん」
「落ち着けるか!」
トーマスと呼ばれた男は、椅子から立ち上がった拍子にテーブルのグラスを倒してしまう。
中の水が高級な絨毯へと流れ落ちるが気にせず、奇怪に笑う黒人に鋭い眼光を向けていた。
「だってさぁ……ヒヒッ、俺のことは″アレス(戦神)″と呼べって言ったのに拒否するからだろ?」
自身をアレスと名乗る男の本名はモーガン・セロン。【摩擦力を操る力】を持ち、椅子に座る態度はでかい。
二人がいる場所は豪邸の一室、広いリビングの中央に置かれてある円卓の傍。
先程まで森での練習試合、もとい特殊能力を用いた組手を行っていたが、少々問題が発生したらしい。
「アレス……? 何をわけのわからないことを! 俺は死にかけたんだぞ!? たかだか組手で味方を殺す奴があるか!」
大声で反論を述べる男の名はトーマス・クリエル。【影を操る力】を持つ能力者だが、その力の扱い難さに苦闘を強いられているのが彼の現状だ。
鮮やかな赤毛は丁寧に手入れされ、朱色の瞳を宿しているが顔にこれといった特徴はない。体も中肉中背。影を影で攻撃するといった目立たない力もあって、集団内での存在感は薄い。
保持する実力も現時点では最下位。目の前でヘラヘラと笑うアレスに文句こそ並べてはいるが、内心は恐怖していた。
「ヒヒヒヒヒッ! まぁ呼び方を変えようって案が上がったのは一昨日だしな。まだ馴染めないのもわかるがよ」
「なんで呼び方を変える必要があるんだよ? 俺達はこの森の奥地で暮らす少数の異質な人間達……それだけの筈だ。一体、何を考えてる?」
空になったグラスを立て、アレスを睨む。どうもトーマスは、彼の態度と思想を危険視しているようだ。
「当然のことを考えてるまでだぜ。ヒヒッ、俺はな」
異様な輝きに満たされている群青色の瞳に対しても、トーマスは嫌な予感を抱いていた。
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