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短大を卒業してみたが就職難のこのご時世、あぶれてしまった私はフリーターという道を選び、ちいさなお店のバーテンダーをすることになった。
お酒はあまり飲んだことがなかったので最初はとても困って、何度もマスターに溜め息をつかせたが、一ヶ月も経った頃には「のりちゃん、あとは任せるね」といってマスターはふらりとどこかに行ってしまうくらい、ある程度の事はできるようになった。
ざあざあと雨が降る金曜日。
マスターは用事か何かで遅れるらしく私が店を開けることになった。夕方六時からの開店なので五時には店に到着し、ちゃっちゃと店の開店準備をして、コンビニで買ってきた明太子おにぎりをぼそぼそと食べていた。
「あれ?マスターは?」
からん、と扉のベルが鳴る音がして慌ててみるとお客様がいらっしゃった。むぐむぐと口に含んでいるおにぎりをお茶を飲んで無理に胃へとながして、おしぼりを手渡す。
「いらっしゃいませ。マスターはどこかに出かけてしまいましたが、お呼びしましょうか?」
「いや、いいよ。それにしても新しい女の子が入ったとか知らなかったからお店が変わったのかと思って焦ったよ」
お客様の眼鏡の奥の、二重まぶたが綺麗なたれ目がもうひとつ柔らかくなった。とても優しい印象をおぼえた。
ビールを、と言ったので冷えたビールグラスにビールを注ぐ。一番すきなお酒はビール。黄金色の液体がきらきらしていて、私はとても好き。グラデーションのあるカクテルも見ていて綺麗だけれど、あまりにも綺麗すぎて私からすると宝石のように思えて、遠い。
どうぞ、とお客様に出したコースターに置くと、彼はありがとうと言って微笑んだ。
「あー、高田さんやないっすか。どーもおひさしぶりっすね」
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