自覚

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「急いでるのか?俺は話があるんだが。」  ユズルのことが頭に浮かぶ。 「人を・・・待たせてるので。」 「そうか。じゃあ、今日じゃなくていい。ゆっくり話をしたい。いつならいい?連絡先を教えてくれ。」 「話?」 いろいろなことが頭の中に浮かぶ。 「ああ、おまえに話がある。」 「なんですか・・・?」 「俺達の間には話すことなんてないっていうのか?あったはずだぞ。話さず終いになっていることが。もう忘れちまったか?」  そう言われて、そういう話なのだと理解する。  忘れては、いない。忘れるわけがない。    けれど、今さら話をするようなことなのだろうか・・・。そう思ったけれど、藤原さんの表情は真剣で引く様子はない。 「わかりました。」    俺は観念してポケットから携帯番号の入った名刺を取り出して渡す。 「名刺か。」  藤原さんは感慨深そうに俺の手渡した名刺を眺める。  藤原さんも自分の名刺を出して俺に差し出す。  俺は少し迷って、それを受け取る。  名刺には馴染みのない名前が書かれている。  ずっと前に記憶に封印した名前。知らないことにした名前だ。 「知ってたんだな。やっぱり。」  藤原さんのその言葉に俺は名刺に落としていた視線を上げる。 「知ってたけど、探さなかった。それでいいか?」  藤原さんが落ち着いた声でそう続ける。    そうだ。俺は藤原さんのことを探そうと思えば探せた。けど、探さなかった。探さなかった理由は・・・。  応える替わりに目を伏せる。 「おまえは俺のことをどう思ってた?」    どう思ってた?そんなことを俺に聞くのか・・・この人は・・・。    ずっと忘れていたはずの感情が突然浮かび上がる。頭の中がぐちゃぐちゃになっていくのがわかる。    何も言わない俺を見て藤原さんは小さくため息を吐いた。    何一つ言葉が浮かばない。  日頃適当に取り繕うのは慣れている筈なのに、あまりに突然過ぎて。 「今度会うまでにその答えを用意しておいてくれ。急いでたんだったな、引き留めて悪かったよ。連絡するから、電話には出てくれよ。」    藤原さんはそういって車の方へ歩いて行くと乗り込む前にもう一度こちらを見て手を上げた。
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