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落ち着け。ユズルに心配を掛けるな。
何度も心の中で呟く。
数日後、ちょうど高校生の事務所へ寄った帰りに藤原さんから電話があった。
携帯の着信画面に藤原さんのものと思われる番号が表示されている。
番号の登録はしていない。仕事病というか、一度見た番号は記憶してしまうので、藤原さんとわかる。
少し眺めて、意を決して通話ボタンを押す。
「はい。」
「マナトか?」
「はい。」
「仕事中か。」
「はい。今から事務所に帰るところです。」
「いつなら会える?」
少し考える。いつなら・・・。
「いつでも、いまからでもいいですよ。」
いつまでも逃げていたってしょうがない。俺はあの時からずっとこのことから逃げて来た。逃げ切るつもりだったけれど、そうもいかないらしい。
俺の過去だ。自分で決着を着けないと。
藤原さんに指定された場所に向かう。人通りの少ない裏通りにある小さな喫茶店だ。2、3回入ったことがある調査で人目を避けるために使ったことがある店だ。藤原さんが電話でその店を指定した時には、知っている店だという認識しかなかったけれど、店に向かう途中でその店は昔藤原さんに教えて貰った店だったかもしれないと思い出した。
藤原さんのことは胸の奥にしまい込んではいても決して色褪せない思い出だと思っていたけれど、こうして改めて思い出してみるとおぼろげになっている部分が多いということ気が付く。
藤原さんのことは一片たりとも忘れたくても忘れられないと思っていたのにな。
俺も歳を取ったんだなっと変な感慨に浸ってしまう。
店に着いて店内を見回す。
店内には一人で来ている男性客が二人。
藤原さんの姿はない。
タカヤさんにはまだ用があるので、事務所に戻るかどうかわからないと連絡をいれておいた。
適当な席に着いてコーヒーを注文する。
覚悟を決めたのでこの前のように動揺はしてはいないものの自分でもよくわからない精神状態にある。
やはり混乱しているんだと思う。
しばらくして藤原さんが店に入ってきた。俺は小さく手を上げて合図をする。
俺の方へ向かって歩いて来るスーツ姿の藤原さんの姿は未だに幻のような気がして思わずじっと眺めてしまう。
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