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「……開き直り、か。だから上手くならないんだ。
余裕ありそうだから、次のシーンにいくぞ。」
いちいちカチンとくる男だ。
ムゥッと唇を尖らせていると、いつの間にか私の前にやってきた大輔さんが両手で頬を挟むから、尖らせた唇はタコのようになる。
「次、ラストの良いシーンだから集中。」
頬を挟まれたまま頷く私に、彼はにっこりと笑い掛ける。
「さっきのは肩慣らし。
……次は、手加減しないからね。」
……て、手加減されてたの?
彼の本気の演技を想像するだけで震えが走った。
「宇多ちゃん、目閉じて。」
大輔さんの手が私の視界を塞ぎ、彼の意図が解らぬままに指示に従う。
「想像して。
暗い森の中、少し拓けた水辺に俺達は居る。
周りを飛び交うのは無数の蛍。
……君の心に、俺だけを映すんだ。」
暗闇の中で、静かに離れていく大輔さんの温もり。
パンッ!
佐倉さんの手を叩く音で、大輔さんが言葉を紡ぎ始めた。
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