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絶望に打ちしがれるソルスの双肩にぽん、と手を置き、母ヒルダは諭すような口調で言った。
「いいか、息子よ。
英雄というものには『フラグ』というものが存在する。
過去の英雄と呼ばれる者達はみな、このような断崖絶壁からの飛び降りを経験していたと言っても過言ではない(きっと)。
つまりな、英雄と謡われるかの剣聖の血を受け継ぐお前はここで死ぬはずがないのだ(たぶん)。
英雄のステータスに、運の要素は不可欠ッ!
──というわけでさっさと逝け」
そうしてヒルダは無情にも息子の肩に乗せていた励ましの手を悪夢へのパスポートに変え、ソルスを突き飛ばした。
「うわぁあああっ!」
ヒルダの無情な一撃で、地面に体液をブチまけていたはずだったのだが、どうやらソルスは運が良かったらしい。
落ちる瞬間、咄嗟に伸ばした右手は崖の縁をしっかりと掴んでいた。
「くっ」
片手で全体重を支えるには、限界がある。
右手のみで懸垂し、崖に近付いた所に左手を崖の縁に掛けることができれば助かるはずだ。
崖の上を見上げるソルスの視界に、ヒルダの姿が現れた。
どこか嬉しそうに目を爛々と耀かせながらの母親の姿に悪い予感しか浮かばないソルスの顔から一気に血の気が失せていく。
「素晴らしい!」
ソルスは耳を疑った。
ヒルダは恍惚とした表情で崖の縁に中腰で座り、息子の顔を覗き込んできた。
「まさかここで耐えるとは思わなかった。
なんという運の力!
感動してしまったではないか!
……だが、息子よ!
これはまだ序の口に過ぎんのだよ」
ヒルダは顔を歪ませ、仁王立ちで一頻り大笑いし終えると、ようやく両手で縁を掴んで安堵しかけたソルスの左手を足でなじった。
「か、母さ……!?」
「さあ、第一段階突破おめでとう、息子よ。
では続けて、次のステップだ!
乗り越えてみせろ!!」
そんなことを言いながらヒルダは無情にもソルスの左手をブーツの爪先で蹴り上げ、弾き飛ばした。
バランスを崩し、仰向けに傾く身体に揺れる視界──これはマズい!
ソルスは一瞬、死神に手招きされている感覚を覚え、ゾクッと背筋を唸らせた。
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