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その声は、遙か彼方、雲の上から聞こえてくるようだった。
「父上…」
ヒミコは天を仰ぎながら言った。
太一は何がなんだか分からず目をパチクリさせるだけだった。
“ヒミコ、お前は掟を破り、その男についていこうというのか”
そう言われて、ヒミコは少しうつむいた。
ヒミコの父の声が響く度、太一は体がビリビリと震えるのを感じる。
圧倒的な存在感の前に、今にもかき消されてしまいそうだった。
ヒミコはしばしの間考え込んでいたようだが、心を決めるとすっと顔をあげる。
「無論だ。妾はこの男に惚れ込んでおるのだ」
臆することなく、ヒミコは堂々と言葉を返した。
はあっと、ヒミコの父はため息をつく。
太一はその突風に吹き飛ばされそうになった。
“下界の男よ…、先程は愚息が非礼な振る舞いをしてすまなかったな”
ヒミコの父は今度は太一に声をかけてきた。
太一ははぁと曖昧な返事をしてコクコク頷く。
すっかり雰囲気に飲まれてしまったようだ。
“私の娘は見ての通り強情でな、言い出したら聞かないところがある”
それは承知しておりますと太一は言いかけたが、ヒミコの視線を感じてやっぱり言うのを止めておいた。
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