5章

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P71 四月×嗣人 夕食は懐石料理だった。 稔と一花は刺身を美味しいと言って食べていたけど、僕はちっとも美味しく感じなかった。例えるなら味のしないガム。吐き出したいとさえ思った。 他の二人は、こんな時にでも牛乳。テレビを見ている。画面にはお笑い芸人。まったくもって面白くない。 「ごちそうさま」 「……つぐちゃん!」 ガムをほとんど残して、僕は転がるように菖蒲の間へ。よんちゃんの声が聞こえたけど、構わない。ボストンバッグ。僕はおくすりを探した。 我慢してたけど、もう限界だ。さっきからずっと不安が消えない。あの時見た3人の笑顔が、コーヒーの染みになって、頭にこびりつき離れなかった。 あれもそうなの?あれも僕の頭が創りだしたニセモノなの?だとしたらおくすりが効いてない。だとしたらおくすりを飲まないと。 僕はかばんの中身をぶちまけた。でもどれだけ探しても、朝かばんに入れたはずのおくすりは見つからなかった。世界の何もかもが敵になったような絶望感。僕の頭は真っ白になった。 「だーれだっ!」 うなだれていると、ふいに僕の目を覆う手が顔面に触れた。気配を感じなかった。でもそれは正真正銘よんちゃんの声で、僕を安心させた。 「よんちゃん?」 僕は振り向いた。手はもう僕の目を覆っていなかった。 「あったりー!」 明るい声が響いた。よんちゃんの声。よんちゃんが僕の目の前で笑っていた。 「ねぇつぐちゃん、一緒にお風呂いこうよ」 「うん、いいよ」 一人でいたくなかった。 でも僕はよんちゃんに誘われて、一人で浴場へ向かった。
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