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『……でしょう。……未明ごろ……さい。』
酷く幸せな微睡からゆっくりと覚醒する脳が、話し声、のようなものを認識する。
誰の声だろう、と薄く目を開けると、薄暗い寝室の光景が視界に徐々に入り込んできた。
カーテンの閉められた部屋は明るいとも暗いとも言いにくいものだった。ただ、カーテンの隙間から、月明りとは違う明るさが少しだけ覗き、部屋の中に放射状の影を作り出している。
太陽の燦燦と輝く朝ではない。
しとしとと雨音が静かな部屋に響いていた。
リビングから、話し声のようなものも聞こえる。
話し声というには事務的で硬質な声は、おそらくテレビの音だろう。
腕の中に閉じ込めて寝たはずの愛しい熱がいつの間にかなくなっていて、俺は寂しさから少しの間毛布を抱きしめた。
求める暖かさは感じられなかったけれど、微かに甘い香りが残っていて、鼻の奥を甘やかに刺激した。
重い瞼をやっとの思いで上げ、ベッドから抜け出る。酷い寝癖がついていないかだけを手で軽く確認してからカーテンを開けた。
シャッという小気味よい音が鳴り、灰色の世界が俺の前に顔を晒した。
静かだけど重みのある音を立てて雨が降っている。
見上げると、雲との境界線が煙り不明瞭で、どこからが雲で、どこからが雨で、どこが地と空の境界なのかもわからなかった。
十月に入り、雨も降っているせいか、今朝はいつもより冷える。
ひんやりとした空気が夜着と肌の間を通り抜ける感覚に、少し肌が粟立った。徐にクローゼットからパーカーを取り出して羽織る。
昨日寝る前に芽衣さんが脱いだカーディガンがハンガーに掛かったままなのを見つけ、俺はそれを手に取ってリビングへと顔を出した。
「おはよう?」
俺の足音から察したのか、ソファの上に体育座りした芽衣さんが、こちらを振り返って声をかけてきた。
どこかくぐもったような、テレビから流れ続ける男性の声。雨で煙った世界。どこまでも曖昧で灰色だった俺の世界が、芽衣さんの声一つで、パっと鮮やかな色と澄んだ音を取り戻した気がした。
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