2602人が本棚に入れています
本棚に追加
/184ページ
生まれて初めて1人で電車に乗ったとき、優先席に赤ん坊を抱えた女が座っていた。
その電車はそこそこ混んでいて、つり革全てに立っている人間が掴まっても、まだ人が余る程だった。
すると何があったのか、赤ん坊が突然泣き出した。電車がちょうど止まっているときだった。
周りにいる人間は何も言わなかったが、迷惑そうな顔をしている人間も少なからずいた。
しかし母親は電車を降りようとはせず、赤ん坊は軽くふた駅分は大泣きしていた。
雪斗はそんな耳障りに感じる音を、立ったまま聞いていた。
苛ついていた。しかし、雪斗が苛ついていたのは、赤ん坊の泣き声や、電車を降りようとしない母親ばかりではないだろう。
赤ん坊はずっと泣いていた。たまに収まったと思っても、母親があやしても、すぐにまた大声で喚いた。
これ以上ない程の叫び方。迷惑そうな人達。あやす母親。
怒らない母親。
雪斗は赤ん坊のときから小学校に入るまで、外に出ること自体ほぼ皆無だった。
けれどもし、この赤ん坊のように電車に乗って、何か少し不快なことがあったとしても、泣いて喚くことはなかっただろう。
最初のコメントを投稿しよう!