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ここまで…。 …ここまでくれば…。 漆黒の森の中を、何時間歩いただろうか? 粉雪がちらつく闇にも目が慣れてきたが、凍えるような寒さで手先の感覚はとうに無い。 木の幹にもつれた足が引っかかり、手をついた樹にそのまま持たれるように座り込んでしまった。 月明かりも無く、薄暗い闇の中。 死ぬ事に恐怖は無い。何よりも怖かったのは…。愛された記憶だけ抱え、私が愛した2人がいない世界でたった一人で生きていく事のほうだ。 落ち葉が時折たてる小さな音以外は何も聞こえない闇の中で、母の好きな歌を口ずさんだ。 ・・・おめでとう・・・あなたというひとがいることで・・・・ 肌を切るような寒さの中、投げ出した手足の先から少しずつ自分の感情や感覚が、土に吸い込まれていくような感じに身をゆだねる。 眠いな…。 頭の芯がぼうっとする。 歌声が闇の中に吸い込まれ、ゆっくりと落ちてくる雪が視界の中でゆれる。 ・・・捨てる命なら、私がもらうよ・・・ 低い男性の声が聞こえた瞬間 三メートル程離れた場所で、粉雪と落ち葉の白と黒のコントラストを描きながら少しずつ人の形を成していき、土を踏む足音と共に姿を私の目の前に現した。 全身を黒で包まれたいでたちは、大正時代の学生のようなマントと学生帽。 涼しげなまなざしと薄く形のよい口元、目を瞠るような美しさを漂わせた青年だった。 そしてその傍らには、闇に消えそうな真っ黒の美しい犬。 「私は時也、この犬は藍。」 「捨てる命なら、私がもらっても構わないだろう?」 傍らに寄り添っている、藍と呼ばれる犬と目が合う。 きれいな色…。 黒に近い藍色の瞳が怯えたように私を見つめたように思えたのは一瞬だった。 冷えきっていたはずの体の首筋から暖かい血が這う…。 首に食い込んでいる牙の感覚も痛みも無いが、体にのしかかる獣の体温を優しく感じると同時に、意識が遠のいていく。 ・・・藍は君の物だよ。大事にしなさいい・・・
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