0人が本棚に入れています
本棚に追加
「今日はさすがに仕事休めないから、美月の事よろしくね。」
ひんやりしたタオルのせいで視界がはっきりしない…。
重たい頭を巡らせると、いつもの見慣れた居間の蛍光灯が見える。母さんと兄さんの話声が玄関から低く聞こえる。
「学校には連絡いれたから、大丈夫。仕事頑張って。」
「ありがとうね。行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
玄関の閉まる音とともに、兄さんの足音が近づいてくる。
「美月、起きたのか…。」
「熱はまだ高いな。何か食べれそうか?」
「…私…?」
「ああ、学校で熱出して急に倒れたんだよ…。ごめんな…。」
「どうして、お兄ちゃんが謝るの…。」
私が倒れてしまった事まで、自分のせいにしてしまう兄が痛ましかった。
父が出ていって1週間…。
小4の時に母が再婚した。
その義父にも連れ子がおり、それが3歳上の兄の隆義だった。
優しい義父だったが、優しすぎるのが災いしたのか、再婚から3年で好きな人が出来たと言って出て行ってしまい、そんな義父の行動に心を痛め、行く所も無いはずなのに荷物をまとめる兄を止めようと必死だったが。
何を行っても頑なに口を閉ざし、優しかった眼差しは辛そうな横顔に替わってしまった。
母も何かを一生懸命考えているようだった。
帰ったらもう兄はいないかもしれない…。
不安な思いを抱えたまま登校した夕方の授業中に寒気が止まらなくなって保健室まで運ばれたのは覚えてる。
甘いプリンをゆっくり食べて、薬を飲ませてもらうと、また眠たくなってくる。
「お兄ちゃん…。」
「どうした?」
「……起きるまで傍にいてくれる?」
少し驚いたように目をした兄の顔が優しい笑顔に変わる。
「大丈夫だから。」「うん。」
このままずっと傍にいようよ。次に目が覚めたら、ちゃんと言おう。
随分沢山寝たみたいで、枕元をみると、きちんと揃えられた、薬、コップ、洗面器、ぬいぐるみ。
なんでぬいぐるみ?優しい兄の性格がそのままそこに並んでいた。
すぐ傍には兄が眠っており、読みかけの小説が膝の横に落ちていた。
ずっと熱が下がらなければいいのに…。
そしたら、兄はずっと私の傍にいてくれるような気がした。このままずっとずっと…。
私が起きた気配で、目を覚ましたらしい兄が時計にふと目をやる。
「少しは楽になったか?雑炊作ってあるから…。」
最初のコメントを投稿しよう!