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§
「あ」
翌日。(問答している内に、日付が変わった)
行李の中身、母の遺品が収まっている匣を開いた天音は、手紙らしき便箋を見つけて手を止めた。
すっかり茶色く変色した二つ折りの便箋からは、もう決して帰らぬ月日が窺える。
【手紙か?】
「うん。この素っ気なさは母さんらしい」
手紙は、便箋で3枚に亘っていた。
「文字のない手紙……」
どういった意味が籠められているのかは解らない。
変色した紙には、文字は疎か筆跡すらなかった。
【てか、これ白紙じゃねえか?】
「うーん…」
蛍光灯の光に透かして見るが、やはり何も糸口は見つからない。
――――隠された文字。
隠さねばならない、何かが書いてあるということだろうか?
もしそうなら、これは『秘文』ということになる。
「……秘文」
【お、おい…?】
咄嗟に閃いた天音は、紙コップに水を汲んでくると床に広げた手紙に思いきり水をかけた。
【お前っ、何やってんだよっ!?】
「いいから、黙って見てて」
拭くものはどこだと騒ぐ彗の傍ら、天音は冷静だった。
やがて水に浸された手紙は、紙面に朱墨と思しき色の文字を浮かび上がらせる。
【文字が、浮き出てきた!? お前、知ってたのか?】
大袈裟に身を乗り出してくる彗を後ろに押しやりながら、天音は口内で小さく『やっぱり』と呟いた。
聞き取れなかったのだろう、彗が訊き直してくることはなかった。
「うん。昔、母さんから聞いたことがあったのを思い出したんだ」
【そっか。まあ乾かない内に読めよ…俺、奥にいるからさ】
「待って」
【んだよ?】
振り向きかけた姿勢で立ち止まる彗に、天音は僅かに頬を染めて小さく小さく呟いた。
「そこに、居てくれない、かな?」
【お、珍しい】
彗は、珍しくしおらしい天音に目を瞠る。
気丈な天音のことだ、見られることを嫌うとばかり思っていたので、彗は素直に驚いた。
【ま。どうしてもってンなら、居てやってもいいぜぇ?】
「正直、怖かったのよ……ありがと」
疲労もあるのだろうが、困り果てたように笑う天音。
美人の笑顔の、なんと眩しい事か。
清楚だが、なにか妙な凄みのある天音の微笑みに、彗は堪えきれず思い切り赤面した。
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