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【ゲッ、なんだよソイツ】
匣の中では――骨が、虚ろな眼窩で笑っていた。
薄く開いた口は、Helloとでも言いたげである。
笑う白骨は……なんともいえずグロテスクだった。
天音は、手の震えから思わず匣を落としそうになった。
まさか匣を開けてみて、そこに白骨が入っているなどと、一体誰が考え付くだろう?
(そんなこと考えるのは、やっぱり母さんしかいないよね…)
これは業界では狗神〈イヌガミ〉と呼ばれ、扱いが悪ければ一族郎党を徹底的に祟ると恐れられる、最兇の呪物だ。
実物を知らない天音が驚くのも、当然といえば当然である。
【おーい、生きてるかぁ?】
停止した天音の目の前で手を翳す彗だが、完全にフリーズした彼女からは勿論、反応は返ってこない。
【おいっ! おいっての……返事くらいしろよ。なんか俺、独り言言ってる寂しい奴みたいじゃねーかっ!】
停止した天音の目の前で手を翳す彗だが、完全にフリーズした彼女からは勿論、反応は返ってこない。
固まったままな天音の頬を抓んで、ぶに~っと横に引っ張るが、やはりフリーズした状況は変わらなかった。
しかし、固まった無表情の裏側。
天音は、波立つ感情に葛藤していた。
彼女の意思に沿うようにして、眼球は書簡の文字の羅列を一字一句漏らさぬよう読み取りに奔走する。
書簡の2枚目には、こう記されていた。
『これは私が遣っていた護法で、名を[カグミ]という。既に時代継承は済ませているから、匣を開いたなら名を喚びさい。そうすれば契約が結ばれ、以降カグミはお前に忠実に付き従う僕になる。』
天音は、背を一頻りに冷たいものが伝い落ちて行くのを感じて冷汗をかく。
――ここで名を呼んでしまったら、どうなる?
匣を前にした瞬間から、天音は胸中で何度も同じ問答を繰り返していた。
天音の望みは、ただ一つ。
……プライベートくらい、月次の生活が欲しい。
その為には、ここで名を呼ばないのが賢明な選択なのだが…しかし、母と過ごした時間を、過去を捨ててしまえるほど未練が切れている訳でもない。
自由への渇望と香ばしい思い出のリセット……二つの拮抗が、胸に痞えて鈍く天音を苛んだ。
「――ふう」
匣と向き合い、天音はゆっくりと細く息を吐いた。
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