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闇、だった。
深く、静かに澱んだ静寂が一帯を支配している。
最近著しく過疎化が進んだこの街は、暮れ時を過ぎれば人通りは疎か、車さえも全く通らなくなるのだ。
音もなく、ただ存在だけが異様に濃い集団住居の群れは、まるで廃墟のよう。
ゆるく吹いた夜風はどこか微かに生臭く、腐臭にも似た瘴気を孕んでいた。
闇の中に浮いた半月は、屍骨のように無機質な色を晒して浩々と下界を照らしている。
だが、唐突にその『半月』が大きく引き攣って、知恵者猫の三日月――嘲笑の形に歪んだ。
そしてゆっくりと掻き消えた後、今度は黒い闇の表面にくぱりと紅く細い亀裂が犇(はし)る。
唾液に絖る牙の覗くそれは、間違いなく口だった。
朧に頼りなく闇を漂う人魂……若しくは水母にも似た『何か』が、建物の影が作る漆のような闇からそろそろと這い出してきた。
やがて現れたのは、凶悪な鈎爪を持つ血膿色の獣――異獣だった。
ちなみに、この獣は生き物ではない。
元々は既に死した通常の人や獣の霊魂であり、それらが何らかの濃い執着を持ちながら変異を起こした、いわゆる【怨霊】。
魂喰い《ガラクバイト》と呼ばれるこの怪物は、霊力の高い魂魄や人間を好んで襲う性質がある。
今もどこか余所で魂魄を捕食してきたのだろう。
生臭い腐臭を纏い、全体的に血膿色に見える身体は、一部だけ黒い地色を残して斑になっていた。
血走った眼は、銀光を弾いて凶悪に赤い。
【 ゴアァァァァァァァァ――――……っ!! 】
咆哮(ハウリング)が空気を震わせ、地響きのように大気を攪拌する。
夜空に向けた咆哮に篭るのは、果たして歓喜か悲しみか。
それは、誰にも解らない。
或いは、そこに意味など存在しないのかも知れなかった。
【ふ、グ、うフふ、ふゥ……ミツ、ケタ】
舌足らずな声で異獣は鳴く。
そして大きく跳躍すると、巨体を撓やかに操ってそのまま闇に溶け込んでいった。
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