3話:母からの手紙――匣の中

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〈きゅうーーーーん…〉 突然聞こえた鳴き声に、天音は小さく肩を震わせる。 幽かに耳朶を打ったのは、犬科の動物特有の鳴き声だった。 〈ご主人、ご主人…申し訳ありません…〉 彗の頭を抱えたまま、天音は顔を上げない。 役得な彗は半分ニヤけているが、天音がその事を知る由もなく。 夜半の部屋を満たすのは、なんとも言えない痛々しい空気と――繰り返し、繰り返しにしゃくり上げる天音の弱い嗚咽だけ。 〈ご主人、ごめんなさい…だから、もう泣かないでくださいよぅ…〉 ドスの利いたものから一転。 甘えた口調に変わった声は、意外にも少し高めな少年のものだった。 それに従い、屈強だった彼のサイズも次第に衰退していく。 キュウゥと小さく鳴き、頭を擦りつけてきた視は、やがては普通の中型犬ほどの大きさになっていた。 「視…」 ふさふさとした柔らかな毛皮を擦りつける視の温もりに、天音はゆっくりと洟水(はなみず)を啜る。 「お前、あったかいね…」 【ちょ、おわ!?】 憐れ。 押し出される形で膝を追いだされ、バランスを損なった可哀相な彗の悲鳴と、ごつん…という鈍い落下音が静かな夜に重なって木霊した。 【痛っ、ってぇえええ!! こンの犬っころが…っ、天音、てめえも黙ってねえでコイツに何とか言いやがれ!】 「…どうしよう、ここペット禁止だからその姿じゃ、ちょっとまずいわねぇ」 横で思いきり彗がずっこける音がしたが、天音は気にせず会話を繋いだ。 【チッ! お前、そこ突っ込むトコじゃねーだろうが…】 ぶつぶつ五月蠅い彗に天音は青筋を浮かべるが、当の本人はどこ吹く風。 居候の癖に、と思ったが敢えて口にはしない。 拗れて『出て行かない』なんて言われた日には目も当てられないからだ。 「あのさ彗、いちいち茶々入れるんだったら話が進まないから、悪いけど黙っててくれるかしら?」 【ん゙な!?】 犬以下の扱いなど、心外である。 『なにくそ!』下火だった彗の闘争心が、再び嫉妬の焔を挙げた。
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