1.アクシデント

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 貴田優子は、デビュー当初から主役が張れる若き天才女優として、実力、注目度共にナンバーワンだった。今回の映画は、女忍者が大活躍するアクション時代劇で、貴田優子は主役のサキを演じる。殺陣も専門の先生に特訓を受け、見る見る腕を上げて、その上達の早さにはベテラン俳優さえ舌を巻いたほどだ。  貴田優子はその日、都内にあるスタジオKの中に、豪華絢爛に造られた武家屋敷のセットに立っていた。  本番直前なので、最後に一人残った悪党サムライと一騎打ちするアクションを練習するためだ。セットの外には優子に殺陣を教えた先生も控えており、優子に細かいアドバイスをしている。このセットで優子が最後に殺陣の猛練習をしたのは、数日前だった。  本番直前のため、すべてのスタッフ、役者が優子の周囲にいた。 「よーし、それじゃ優子ちゃん、このシーンのアクションだけ軽く通しでやってみようか」本居監督が指示を出した。  このシーンとは、 【悪党サムライが豪華な部屋に逃げ入る。サキもすぐに後を追いかけ部屋に入る。部屋の中央には、金銀装飾の施された頑丈なテーブルが置かれてある。悪党サムライとサキはテーブルを挟んで対峙し、互いに睨み合いがはじまる。 「ふっ、女ごときに剣は使わぬわ」  悪党サムライはそう言うと、剣をテーブルの上に置き(切っ先をサキに向けて置く)、懐から拳銃を取り出す。 「剣を使わず飛び道具とは、卑怯にもほどがあろう」  サキがそう言い、悪党サムライが構えた拳銃をかわして一気に斬り込む】  という内容だった。  優子は本居監督に言われたとおりに、通しでやるため、部屋の外に一度出て、それから部屋に入った。 「ふっ、女ごときに剣は使わぬわ」  本番では、ベテラン俳優で悪党サムライ役の佐藤 基が言うセリフだが、いまは通しのアクション練習だけなので、佐藤 基はセットの外に待機している。彼の代わりに本居監督がセリフを言った。  本番では、このセリフの後に悪党サムライがテーブルに剣を置くのだが、いまはテーブルに、あらかじめ日本刀が置かれてある。何と本物だ。偽物と本物では輝きがまったく異なるということで、本居監督が一時的に本物を置かせたのだ。本物のみが放つ光は、豪華なセットに妖しい輝きを添えていた。妖しい輝きのシーンを撮り終えたら、偽物に戻すことになっている。
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