1.アクシデント

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「剣を使わず飛び道具とは、卑怯にもほどがあろう」  優子は、架空の相手に向かって言うと、剣を構え、一気に斬り込もうと足を踏み出した。    ここまでは、練習したとおりだった。  だが、思いがけない惨劇は、この直後に起こった。勢いよく踏み出した優子が何かに躓き、前方へよろけたのだ。勢いもあったためか、そのままテーブルの方へつんのめり、テーブルに置かれてある日本刀に胸を押し当てる恰好になった。やがて彼女の背中から、血で塗れた日本刀の切っ先が出てきた。胸部から背中へ刃が貫通したのだ。優子の激しい痙攣と共に、周囲から悲鳴が上がった。  救急車が到着した時には、貴田優子はすでに絶命していた。  警視庁一課の井出 修は、貴田優子の大ファンだっただけに、現場を見て胸が痛んだ。 「井出さん、これは殺しかもしれないですよ。だって、本物の日本刀があるってヘンじゃないですか。事故の裏に潜む殺人、なかなかいいですよね」  井出の後輩、立石が小声で言った。 「立石くん、そういう思い付きを、すぐ口にしてはダメだよ」  井出は、やんわりと立石を嗜めた。そうは言ったものの、井出も直感的にそのセンもあるな、と考えていた。  警察は事故のセンを基本としながらも、本物の日本刀が使われていたこともあり、殺しのセンも可能性はあるとして、二方面からの捜査となった。  捜査が進むうちに、殺しのセンは薄くなっていった。殺しの確実な証拠が浮かんでこないからだ。次第に警察は、事故という判断に傾こうとしていた。  だが井出の真相に対する直感は、むしろ殺しのセンだと、しきりに訴えている。事故なのだが何かが引っ掛かる。井出の脳裏に友人の矢部の顔が浮かんだ。  矢部には、はっきりしない何かを整理して解き明かす才能があった。井出は過去にも、矢部からいくつかの難事件を解決するヒントを得ている。 「そうだ、あいつに相談してみようか」
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