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矢部祥司は自分の小さな事務所で、ソファーに寝転んで時間を潰していた。ここ二、三ヶ月というもの、仕事がなくて暇で暇で仕方がない。
使うことなんて滅多にない名刺の肩書きは、ルポライターとなっているが、矢部自身は世の中にある様々な「謎」の解明に立ち上がる、“謎を追う記者”だと思い込んでいた。「謎」のジャンルは何でもよかった。迷宮入りの事件にはじまり、オカルト、UFO、UMA・…。早い話、そういう謎について考えるのが大好きなのだ。
官公庁や会社勤めの多くの同輩が、出世だ、リストラだ、倒産だと必死で生きているのに、矢部は、いい歳をしたいまでも面白そうな謎だけを追っている。このご時世に、結構なご身分だ。
そんな矢部でも、三十代前半までの一時期は、某出版社の有能な記者として働いていたこともある。古びているが、このビルの一室を事務所として安く借りられてるのも、その出版社の矢部に対する好意によるものだった。
きょうは朝からテレビを観て、新聞も読んだが、興味をそそられるような謎はない。安物のソファーで寝転んでるうちに、いつの間にか昼になってしまった。
(きょうも、超ド暇な一日が半分終わったか~)
矢部は大きく伸びをした。仕事が暇なのだから家で過ごしても同じことだが、何かの刺激を期待して事務所へ来ている。
昼食はここ二、三ヶ月の間、毎日カップ麺だ。収入の無い身の上では、これしかない。矢部は、よく飽きずに毎日食べれるものだと自分自身に感心している。きょうのカップ麺は、いつの間にか矢部のお気に入りになってしまった、みそ味仕立てでバターをのせる「濃純」だ。テーブルに置き、湯気の出てるポットから湯を注ぐ。待つこと5分。
(稼げない奴の昼のメニューは、こんなもんか)
稼ぎの良かった数年前なら、テーブルに乗っていた昼のメニューは、もちろんカップ麺などではなかった。築地から取り寄せた江戸前、蟹料理、あの家康が食べ過ぎて死んだとまで言われる海老の天ぷら・…。
矢部は、過ぎ去りし日の美しい思い出、と言うか過ぎ去りし日の昼食メニューに思いを馳せていた。
「濃純」を一口すすった時、事務所の電話が鳴った。
「はい、矢部事務所ですが」
矢部は誰にも好感を持ってもらえそうな、爽やかな声を出して言った。やはり自由業というものは、第一印象が大切だ。それも相手に顔が見えない電話応対こそ大事なのだ。
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