3人が本棚に入れています
本棚に追加
「濃純」の麺は食べ終わった。汁まできれいに飲み干すと、矢部は再びソファーにひっくり返った。満腹感に浸っていると、今度はテーブル上の携帯電話が、鈍い音を立てて動いた。井出だろう。
「よーっ、矢部か?」
矢部が何か言う前に、井出は友人特有の慣れ慣れしさで切り込んできた。
「はい、そうでございます」
矢部もわざと慇懃な口調で応える。
「おいおい、おふざけはよせ。それより紗江子さんから聞いたか?」
「あの事件、だろ。詳しくは、お前から聞けってさ」
「そうか。じゃ、どういう事件かを説明しに、これからそっち行くからサ」
「あ、すまんがタバコ買って来てくれ」
「わかった」
井出はそう言うと、すぐに電話を切った。
井出は事務所のドアを勝手に開けて入ってきた。と、すぐにポケットに手を突っ込み、タバコ6箱を手裏剣のように飛ばしてきた。矢部は素早い身のこなしで、タバコ6箱を見事にキャッチした。
「タバコ代にも困ってるのかよ、貧乏人は嫌だね~」
そう言うと、井出は我が家のようにくつろぎ、コーヒーを勝手に入れて飲んだ。
「オー!タバーコ!サンキュー!ところで、事件の説明だったな」
矢部は早速、新しい箱を開け、タバコを吸い出した。
井出はテーブルの向かい側に座った。神妙な顔になっている。
「矢部も知ってるだろ、貴田優子」
「ああ。で?」
「死んだよ。映画撮影中にな」
「いつ?」
「昨日だ」
「お気の毒だな」
矢部は大して興味なさそうに言った。
「それだけか。死んだんだぞ、あの優子が」
井出の顔付きが感情を抑えたそれに変わった。それほどまでに貴田優子のファンだったとは。
「それがお前の言いたい、あの事件なのか?」
「ああ、いや、そうじゃない」
井出は今度はクールな顔になった。ころころ表情が変わる。
「事故死なんだが・…何か腑に落ちないんだ」
「事故だったら仕方あるまい。お前が納得しようが、しまいが」
「だから相談に来たんだろうが。タバコ6個を手土産にな」
「で、何がそんなに腑に落ちないんだ?」
「実は、優子、いや被害者周辺の関係者を調べたんだが、あの被害者、何と驚くなかれ、すごい悪評判なんだ、びっくりした」
「中には、そんな人もいるかもな、生存競争が厳しい世界だからな。表の顔は可愛いいが、裏の顔は怖いとか、な」
「正直、幻滅したぜ、優子」
井出は悔しそうに窓を見やった。
最初のコメントを投稿しよう!