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――あの日、すべては始まった――…
いつの世のことだったのか、今はもう忘れてしまった。
桐壷帝(きりつぼてい)という名の帝の後宮で。
ただひとり、抜きん出て輝く女がいた。
宮中の北東。
ひっそりと佇む淑景舎(しげいしゃ)に、彼女は住んでいる。
その淑景舎の別名、桐壷より、彼女は桐壷更衣(きりつぼのこうい)と呼ばれていた。
更衣という身分は、決して低い身分ではない。
だがしかし、帝のただひとりの御人、つまり中宮(ちゅうぐう)になるには低すぎた。
彼女は早くに父を亡くし、母とふたりで生きてきた。
この時代、女性は父の身分によってその人生を左右されていた。
しかし、彼女の父は、大納言という位で一生を終えていたのだった。
そんな彼女を母親は不遇に思い、後宮に入れた。
彼女の生い立ちは、その生活を他の女達より少しばかり質素にしていたが、その飾らなさが、かえって帝の気をひいたのかもしれない。
…彼女は、いつしか帝の一の寵妃になっていた。
そんな彼女を、まわりのものが放っておくはずがない。
女達は彼女をいじめるようになり、男達は冷たい目をむけた。
ある時は、「唐土(もろこし)でもこのようなことが原因となり、世の乱れたことがある」などと言われたのだった。
このように楊貴妃の例さえ出され、彼女はいったいなにを思っただろう。
そんな中彼女は、ひとりの御子を産んだ。
玲瓏玉の如しと言われる、ひとりの男皇子を産んだ。
そのこともあって、帝の寵愛はますます篤くなり、人々は彼女を一層妬ましく思うようになった。
それがこの俺――のちに「光源氏(ひかるげんじ)」と呼ばれる、男の誕生だったのだ。
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