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帝にはすでに、俺より三つ年上の息子がいた。
彼の母、弘徽殿女御(こきでんのにょうご)は、更衣よりも上の身分。
時の権力者のひとり、右大臣の娘であり、父とともに帝を思いのままに動かしていた。
当時は、摂関政治の全盛期で、帝は飾りにすぎなかった。
自分に愛ではなく、見返りを求める自尊心の高い女を、誰が愛せよう。
心から信じることができるものもおらず、心から愛してくれる者もいない。
そうして疲れた彼は、彼女に逢った。
自分を心から慕ってくれる、無垢な女。
それが、母だった…。
「愛していますわ、だから戻ってきて」
そう、弘徽殿女御は言ったが。
後宮における愛とは政治のこと。
女達の争いとはいわば、政治の代理争いにすぎない。
自らの政治を助ける右大臣の娘なのだから、帝が弘徽殿女御を大切に扱ったのは明白だ。
そして、その息子である第一皇子もまた。
しかしそれはきっと、帝としての義務だったのに違いない。
その証拠に帝は、俺の美貌をほめ、「これこそわが子」と言ったほどだ。
俺は桐壷更衣の子として、たしかに帝に可愛がられていた。
俺ほど愛された子は、きっといなかっただろう。
そしてますます母は、居場所を失っていった。
女達の中で最も深い愛情を受けながら、母はそれ故に敵を持ち、その身は痩せ衰えていった。
しかし、それはこれからはじまる悲劇の、片鱗にすぎなかった。
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