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朝起きると、時計は午前十一時を指していた。完全な寝坊だ。いつも目覚ましの代わりにしていたきみの『おはよう』の声が聞こえなかったのだ。
不思議に思ってきみの写真を見たけれど、その表情はいつもと変わらず、一点の曇りもなかった。
僕は急いで支度をした。
会社に詫びの電話をするのも忘れなかった。
スーツに着替えて玄関で革靴を履いたとき、僕は再び違和感を覚えた。
やっぱりそうだ。
きみの声が聞こえない。
僕はもう一度きみの写真に目を向けてから部屋を飛びだした。
僕の不安などお構いなしに時間は無情にも過ぎていくばかりだ。
「すみません、遅れました。寝坊してしまって」
「おぅ、佐原。とにかく着替えて、すぐにキッチンに入れ。話はその後だ」
フロアは既にランチのラッシュが始まっていた。客は待ってはくれない。
この日はとても異常だった。
ランチからディナーまでの間、だらだらと来客が続き、昼食をとる暇さえもなかった。
それが僕にとってどれほど幸運だったことか。
仕事に忙殺されているうちは、迫りくる目の前のことに精一杯で、きみが僕の思考に入りこむ余地は全くなかったのだから。
もし少しでも暇があれば、きみのことを考えてしまって、とても仕事どころではなかっただろう。
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