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「お客さん、終点ですよ」
目を覚ますと、いかにも迷惑そうな顔をした車掌に肩を叩かれていた。辺りを見回すと乗っている客は僕だけだった。他の客は当の昔に降りていたようだった。
「あっ、すいません」
僕はあわてて荷物をまとめると、ホームに飛びだした。僕が降りたことを確認すると、新幹線はすぐにホームから離れていった。
ホームに降りると、ふいに春の暖かい風が吹いた。それは東京の無機質な風とは違った。
あのころと同じの懐かしさを伴った風だ。
やっぱりきみはここにいる。
僕は確信した。
僕は駅の近くの売店できみのために花を買い、また駅に戻った。手ぶらで行ったのでは、きみに何を言われるかわからない。
そこから電車で五つ目の駅を降りると、きみのいる場所までもう少し。きみの眠る墓地は小高い丘の上にあった。
その場所を導くようにどこまでも続いていきそうな長い石段を駆け上がる。何度も通い慣れた道だ。
きみの眠る場所をここにしようと決めたのは、きみのお母さんだ。他にも墓地の候補はいくらでもあったはずなのに、わざわざこんな辺鄙な場所にしたのには理由がある。
それは、石段をひとつ登るたびにきみとの思い出を思いだせるからだ。
もちろん、楽しい思い出ばかりではない。嫌な思い出だってある。それらを総て受容しながらきみに会いにいくための時間を調節する役割を担うのだ。
辛いことや悲しいことがあったとき、もしくは、嬉しいことがあったとき、僕は何度でもきみに報告に来ていた。
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