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石段の両脇には無数の桜が取り囲む。まだ蕾のままの幼い桜だった。僕は目に見えることのない桜前線を知らず知らずのうちにまたいでいたようだ。
春の柔らかな日差しに時折、今にも咲きそうな桜の蕾が揺れる。そんな週末の一日だった。
石段の途中で今登ってきた道を振り返ると、新潟の街が眼下に広がっていた。
でも、その街の中のどこにもきみはいない。街はそんな事情を受けいれることなく無情に時を刻んでいくのだ。
変わっていくことの切なさ。
変わらないことの空虚さ。
その総てを包みこんでいく。
僕は本堂の脇にある水道で桶一杯分の水を調達して、いよいよきみに会いにいった。
その足取りは重くも軽くもなかったけれど、わずかばかりの躊躇はあった。本当にそこにきみはいるのだろうか。それだけが気がかりだった。
「久しぶりだね、さくら」
そっと語りかけるように呟きながら、僕は墓に刻まれたきみの名前を軽く撫でた。まるで本物のきみを撫でるような仕草で。
まだ真新しさの残る墓石。きみがいなくなったときに初めて建てられたものだ。冷たく、ひっそりとした墓石を住まいにして、たった独りで眠っている。
それが今のきみの姿なのだ。雨の日も、風の日も、その場から動くことなくたった独りで。
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