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僕は墓前に花を置き線香を供えると手を合わせながら目を閉じた。
この場所に来るのは去年の春のきみの命日以来。僕が就職活動を始め、将来をどうするのかいろいろと模索していたころ。
その結論が、『きみから離れて新しい一歩を踏み出す』だった。だからそれ以来、僕は墓地を敬遠していた。
きみには申し訳ないと思ったが、この決意に揺らぎを与える総てのものを排除する必要があると思ったから。
本心を言えば、きみをを忘れたいという気持ちは微塵もない。
ただ、時間が経つにつれて、心に占める領域は広くなるものの、密度は希薄になってきみの存在自体がぼやけていくことが辛かった。
享年十五。墓石に刻まれた文字。命日はきみの誕生日でもあった。それから八年もの時間が過ぎた。長いような、短いような時間。
僕は背中に十字架を背負うイエス・キリストのようにしてその時間を生きてきた。
そのまま僕は墓に背を向けて、もたれかかるようにして座り込んだ。煙草に火をつける。
空は雲ひとつなく、どこまでも碧く染まっていた。
僕は無意識に自分の左目を左手で覆った。
事故で左目を負傷したきみは、それ以来ずっと包帯に左目が閉ざされていた。ほとんど視力は失っていたであろう。
二分の一の世界。
きみが、人生の最後に見ていたであろう世界。
こうしてきみと同じ視界でいると、どこかでまた会えるような気がして、ついやってしまう。
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